ヒンドゥイズム
スワミ・ニルヴェーダーナンダ著
(B6版、266頁)
定価(本体1300円+税)
まえがき
本書は一九四四年、ラーマクリシュナ・ミッションのカルカッタ・ステューデンツ・ホームから出版された " Hinduism at a Glance "(ヒンドゥイズム一瞥)の日本語訳である。原著者はラーマクリシュナ僧団の僧、スワミ・ニルヴェーダーナンダ(1896-1958)である。
ヒンドゥイズムという、素朴な俗間の信仰から最高の哲学までを含む幅の広い思想の流れが、深い観点から捉えられ簡潔な描写で示されており、読者の知的要求を満足させるだけでなく、真摯な求道者にとっての良き導きの書でもある。
長くオクスフォード大学の東洋哲学の教授であって後にインド共和国の大統領となり、近代における最高の哲学者の一人、と見なされているS・ラーダークリシュナン卿が、序文を寄せてその優れた内容を賞讃している。
一九八六年一月二十六日 日本ヴェーダーンタ協会
序文
この世代は、史上まれに見る運命の重荷を背負っている。緊張と言っても前の時代には、われわれは広く認められたある概念への信仰を持っており、それがわれわれに、辛抱強くその緊張に耐えるだけの力を与えていた。今日われわれは、そのような信仰を持っていない。科学と呼ばれる、論理的根拠を持つ知識の増大が、宗教の伝統にも撹乱的な影響を与えている。教義や制度上の形式とは別の中心的真理だけが、気質においても見解においてもますます理論的になりつつある現代人の心に、訴えることができるだろう。ヒンドゥイズムの根本原理は、如何なる科学知識の進歩をも歴史的批判をも恐れる必要は無い、というのが著者の確信であり、私もこれに全く同感である。専門の知識に基づいてはいるが、専門家ではなく一般の教養ある読者をめざしたものであるこの小さな書物の中で、著者はわれわれに、ヒンドゥ思想の根本概念の明快で正確な説明を与えている。彼は、まるで自らがそれを学びつつあるかのような形で、知識を伝える才能を持っている。私が思うに、この書はヒンドゥの宗教の研究の、実に優れた手引である。
一九四四年九月 S・ラーダークリシュナン
初版につけられた著者のはしがき
数多の、そしてさまざまの聖典に基礎を置き、ぼう大な数の宗派的教義を網羅しているヒンドゥイズムは明らかに、百科辞典的な扱いを必要とする。Hinduism at a Glance(「ヒンドゥイズム一瞥」原書の題名)はしかしながら、その名が示すように、この宗教の著しい特徴の、大まかな輪郭を述べているにすぎない。それの本質的な内容の概略を示し、多忙な読者にできるだけ速やかに、ヒンドゥイズムとは何であるかを理解して貰うことを目的としているのである。主としてヒンドゥの学生たちのために書かれたものではあるけれど、本書はインド以外の国々に住む、関心のある一般人にも、この古代の宗教についての必要な情報を提供したいとねがっている。主題は普遍的な立場から見渡され、ヒンドゥ思想の現存のさまざまの流派の見解が、然るべき配慮のもとに扱われている。第一部はヒンドゥイズムの実際の様相を、第二部はその理論を述べている。サムサーラ、ムクティ、ブタおよびシヴァというようなある種のサンスクリット語は、ヒンドゥの宗教とは密接につながっている。観念の一つの世界が、これらの言葉には附随しているのだ。それらはほとんど数多の鍵として、ヒンドゥ思想に貢献している。それらを通じて、人はヒンドゥイズムの精神に入り込むことができるのである。しかしこれらの言葉は、英語の中には正確な同義語を持っていない。これらを原語のまま使ったのはそれだからである。それらの意味の明確な理解は間違いなく、読者をヒンドゥ思想の領域内に導くであろう。もちろんこれらの言葉は、しばしば特別の章を設けて詳しく説明し、またあらゆる場合に、最も近い英語の訳語を併記した。その上に、このような言葉すべての用語解を、巻末に加えた。
サンスクリットを初めとする他国語(訳注=英語以外の言葉)は、人々、宗派、地域団体、氏族、カースト、場所および研究の主題などの名前は別として、イタリック体で記した。(訳注=訳文の中では、片仮名となるから字体は区別していない)しかしサンスクリットの正しい発音を助けるための読み分け記号を附することはできなかった。…………
S・ラーダークリシュナン卿がこの書に相応しい序文を寄せられたことに、著者は深く感謝している。ご親切にも原稿に眼を通して下さった、ラーマクリシュナ・ミッションの事務長スワミ・マーダヴァナンダにも深く感謝する。
もし本書が、英語を知る世界の人々の真の要求を満たすことによってその目的を果すなら、われわれの努力は報いられたことになろう。
一九四四年九月 ニルヴェーダーナンダ
第一部
5ムクティ
6プラヴリッティ・マールガ(願望の道)
7プラヴリッティ・マールガ(つづき)
8ニヴリッティ・マールガ(放棄の道)
9ラージャ・ヨガ
10ジュニヤーナ・ヨガ
11バクティ・ヨガ
12バクティ・ヨガ(つづき)
13カルマ・ヨガ
第二部
14予言者と聖典
15イシユワラ(神)
16ブラフマーンダ(自然)その一
17ブラフマーンダ(その二)
18ブラフマーンダ(その三)
19ジヴア
20儀式と神話
21ヒンドゥの人生観
附録
ヒンドゥイズムの、国際平和との関係
用語注解
ヒンドゥイズムは、世界の大きな宗教の一つである。四億に近いその信者はインドに住み、彼らはヒンドゥと呼ばれている。
インドは古い昔から、ヒンドゥイズムの母国である。いつの頃からか、誰もはっきり言うことはできない。しかしながら、ヒンドゥイズムが数千年来のものであって世界の大宗教のどれよりも古いのだ、ということは確かである。
ごく古い時代にはヒンドゥイズムはアーリア・ダルマと呼ばれ、その信者はアーリア(インドアリアン)と呼ばれていた。インドにおける彼らの最初の故郷はパンジャブにあった。しかし、パンジャブのアーリア人がどこから来たのか、はまだ誰も知らない。アーリア人の発祥の地については、北極地方であるとか、中央アジアの大高原であるとか、または地中海沿岸である等々、さまざまの学者がさまざまの推測をしている。スワミ・ヴィヴェーカーナンダは、アーリア人はインド以外のどこから来たのでもない、という確信を持っていた。
とにかくパンジャブから、アーリア人は徐々に北インド全域にひろがり、やがてその地域がアーリアヴァルタと呼ばれるようになった。時のたつにつれて彼らはヴィンディア山脈を越え、自分たちの地域を南インドにまでひろげた。アガスディアというアーリア人の賢者が、この民族の南進を導いた、と言われている。
どうしてアーリア人がヒンドゥと呼ばれるようになったか、知りたいと思う人もあろう。ヒンドゥという名の起源はちょっと可笑しなものである。シンドゥ(インダス)河は、パンジャブ地方での古代アーリア人の定住地の、西の境界であった。河の対岸には古代イラン人(ペルシア人)が住んでいた。イラン人はこの河の名で、アーリア人を呼んでいた。ところが彼らはシンドゥという言葉を正しく発音することができず、ヒンドゥと呼んだ。それで「ヒンドゥ」が、イラン人がアーリア人を呼ぶときの名となった。やがてアーリア人自らが、イラン人からこの名を学んで使うようになったのである。ヒンドゥという名も非常に古い。ヒンドゥ民族がインド中にひろまったとき、この国全体がヒンドゥスターンと呼ばれるようになった。ヒンドゥスターンには、数多の聖者、数多の賢者、数多の予言者が生れた。幾千年にわたって、ここは宗教の国であった。そこに横たわる丘、山々、河、湖、梅や町々は宗教につながって、浄められて来た。国中に散在するこれらの聖地は、ヒンドゥスターンを真に聖なる園と化せしめたのである。幾世紀にわたって、無数の巡礼者たちがヒンドゥスターンの各地から、これらの聖地を訪れようとあちこち往き交った。こうして宗教は常に、この国の人々の生命の源泉であったのだ。
ヒンドゥの輝かしい文化を生み出したのは、彼らの宗教であった。すでに非常に古い昔にヒンドゥは、高度の絵画、彫刻、建築、音楽および詩を生み出した。彼らは文法、言語学、論理学、哲学、政治学、天文学、内科、外科の医学(アユルヴェーダ)のようなさまざまの主題のもとに、識見の高い論説を書いた。化学の分野に貴重な研究業績を挙げ、機械、潅漑、造船および他の多くの技術や手芸に驚嘆すべき熟練の証しを後世に残している。そしてこれらすべての、根は宗教であった。これらの背後にある観念や理想は、主としてヒンドゥの聖者たちに吹き込まれたものだったのである。
やがて、ヒンドゥ民族のこの偉大な宗教から、ジャイナ教および仏教という、二つの強力な分岐が生じた。ヒンドゥイズムはその枝である仏教と共に、ヒンドゥスターンの国境を越えてひろがった。セイロン(スリランカ)、ビルマ、シァム(タイ)、カンボジア、コチンチャイナ(ヴェトナム)、マラヤ(マレーシア)、ジャワ(インドネシア)、バリ、スマトラ、支那、朝鮮、日本、アフガニスタン、およびトルキスタンというような国々が、これらの一つか両方の影響下に入った。遥か北米メキシコにも、学者たちはヒンドゥ文化の痕跡を発見した。これら外国の人々は、ヒンドゥの優れた文化を喜んで、迎えたのである。ヒンドゥ民族は決して、力や策略によって彼らの宗教を他民族に押しつけるようなことはしなかった。平和、愛、同情、および奉仕が彼らの合言葉だった。どこに行っても、その土地の人々を原始的な生活から向上させたのである。
たしかに、ヒンドゥスターンは東方の文明の母であった。そして、ヒンドゥの思想が西洋文明の揺藍である古代ギリシアにまで及んでいた、ということを示す証拠が、すでに現れているのである。
幾世紀にわたるその前進の間に、ヒンドゥイズムは形も大きく、多彩にもなった。今はその傘下にヴィシュヌ派、シャクティ派、シヴァ派(シャイヴァ)、スリヤ派(ソウラ)、ガーナパティヤ派等のような、数多の宗派を抱えている。またそれらの宗派の各々の中に、数多の異なるグループがある。その上に、ジャイナ教、仏教、シーク教、アーリア・サマージ、ブラフモ・サマージの信仰も、ヒンドゥイズムから生れているのである。少し前から、ヒンドゥの古めかしい宗教が、遥かな西洋にそのメッセージをひろめつつある。ヨーロッパおよびアメリカの多くの人々が、ヒンドゥの人生観を尊重することを学びつつあるのだ。ある人々は実際にヒンドゥの思想と理想を奉じるところまで行っている。
実にヒンドゥの偉大な宗教は、世界の善のための巨大な力である。それだからこの宗教が、過去の業績のこんなにも輝かしい記録を持つことができたのだ。また同じ理由によってヒンドゥは、彼らの宗教が更に輝かしい将来を約束されているのを、信じることができるのである。
本書は、この宗教の本質的な内容の概略をごく簡単に説明するものである。
「宗教」と言う言葉は、信仰と礼拝の、一つの体系を意味している。ある教派の主義を信じ、それが命じるある儀式を行なうこと――これが、西洋で一般に宗教と呼ばれるものが信仰者に要求するすべてである。
ダルマというヒンドゥの言葉は、「宗教」という言葉より遥かに広く深い意味を持っているようだ。
ダルマ dharma は、サンスクリットの語根 dari(ささえる)から出ており、一つのものの存在を維持するもの、という意味である。宇宙間の一切物は、それのダルマを持っている。それが存在するためには必ず、依って立つ根拠が無ければならないのだから。では、あるものの存在の、主たる根拠は何であるか? それは、それが無ければそのものは決して存在し得ない、という、あるものの本性である。それゆえ、あるものの本質的な性質が、そのもののダルマと呼ばれるのだ。従って、燃える力は火のダルマである。生気の無いこと、が、すべての無生物のダルマである。人もやはり、他の被造物とは異なるあるもの、としての彼の存在を維持する、一つの本質的な性質を持っている。これが人のダルマ、すなわちマーナヴァ・ダルマ manava dharma でなければならない。
さて、何が人の本質的な性質であるか? ヒンドゥ民族は、人を他のすべての生きものから区別するのは、神的になる力である、と主張する。従ってこの力が、マーナヴァ・ダルマである。
しかし、どのようにして人が神的になり得るのか? 神性がすでに彼の内にあるからだ。ヒンドゥイズムは、神は一切所に存在する、と教える。(イシャ・ウパシャッド・一)彼はわれわれのハートの内にも在しますのだ。われわれは生れつき、神聖なのである。しかし、神性はわれわれの存在の奥深くにひそんでいる。われわれの不純な心が途中に立ちはだかっている間は、われわれはそれを見ることができないのだ。ランプのほやが煤けていると中の光が見えないのと同じように、神は常にわれわれの内に在しまし、周囲の到る処に在しますのだが、汚れた心を通しては見ることができない。光が欲しければランプのほやを磨かなければならない。同様に、内なる神性を現したいと思ったら自分の心を浄めなければならないのだ。
色欲、貪欲、怒り、憎しみ、羨望、高慢、利己心などはみな、われわれの内なる神性を曇らせる汚れである。これらのものがわれわれの心を動揺させている間は、われわれはほとんど人生の一歩ごとに誤りを犯し、しばしばまるでけもののような振舞をするのだ。このような不完全はまず自分を不幸にし、他人にも量り知れぬ苦痛を与える。そうだ、われわれがその出発点においてけものと等しい水準にあるように見えるのは、これらの心の汚れのせいである。しかし、われわれはけものではない。なぜか? 神への道を切り開いて登る、という、けものにはできないことができるからだ。人として、われわれは自分の心のすべての汚れを除き、すべての振舞において神のようになれるだけの、力を持って生れている。これがまさに、われわれのマーナヴァ・ダルマなのである。右のような不純な状態に身を任せている人々は、まだ人として浮かび上ったのではない。人間の姿をしたけものである。一方、心を完全に浄め、内なる神性を完全に現すことのできた人々は真の人、完全な人である。
もちろんその道は長く、目標は遥かである。内なる神性を完全に現すのは容易なわざではない。一足とびになしとげることは不可能だ。しかし、ダルマの道では僅かの進歩もそれなりの報いを得る、ということは事実である。心が浄まるにつれ、われわれはより賢くなり、より強くなり、一層深い喜びを得るのだ。このことがわれわれを前進へと励まし、徐々に、叡知と力と喜びを加えさせるのである。
この過程は今生から次の生へ、更に次へと心が完全に浄められるまで続く。人が神を見、神に触れ、神を語り、そして神と一体にさえなることができるのはそれからである。そのときには本当に、人は完全になる。それまでずっと彼の内にひそんでいた神性が、自らを表に現すのはそのときだからである。
まことに、神を見た人は愛と歓喜と叡知に満たされて、本当に神的になる。自然を超越して完全に自由になるのだ。何ものも、彼を縛ったり揺るがせたりすることはできない。何ものも、彼の心の平安を乱すことはできない。彼は欠乏も不幸も恐怖も知らず、如何なる争い、または悲しみの原因も持たない。彼の顔は常に神的な喜びに輝き、その行為は、彼を神の人として際立たせる。彼の無私の愛はすべての人に等しく注がれる。彼との接触は相手のすべてに力と浄らかさと慰めとをもたらす。まさにこのような人が、人生のゴールに到達したのであって、彼のみが、真に宗教的な人、または完全な人間と呼ばれ得るのであろう。
世界中のさまざまの国に、そしてさまざまの時代に、数多の、このように恵まれた聖者たちが現れた。彼らは実に、人類の塩である。ハートに溢れる思いをこめて、彼らは自分たちが見、かつ感じたものを説いた。群がり集まる者たちすべてに向かって、神を悟るために自分たちが辿った道を教えた。これらの教えが、世界のもろもろの宗教の大部分を形成しているのである。
しかしながら、それぞれの聖者たちは、心を浄めるためにはそれぞれの方法を発見した。彼らの教えは本質的には同じである。末節においてのみ、多様なのである。世界のすべての真の宗教は、われわれを同一のゴールに導く――もちろん、われわれが忠実にその教えを守るなら、のことであるが。それらの各々が、神性に到る正しい道なのだ。ヒンドゥは、宗教をこのように見ているのである。
そうだ、ヒンドゥの見方に従えば、予言者、見神者たちによって説かれたままの宗教には、何ひとつ間違った処はない。創始の教えは、評価を絶するはど優れたものである。それらはわれわれに、確実な正しい指針を与える。これこそが、世界の真の宗教である。
ところが不幸なことに、世間に宗教として通用しているものはしばしば、中身よりも外皮の方を沢山含んでいるように見える。創始のときの教えの精神は愚かなドグマの積み重ねの下に埋もれている。このようなことになるのは、宗教がしばしば、その任に当る資格を全く持たない人々によって監督されるからだ。往々にして、不純な心の持主が聖職者や説教師を気取る。彼ら自身が霊的な事柄に対する洞察力を持っておらず、教えの本来の意味を理解することができない。それだから、彼らが他の人々に向かって宗教を説き始めると何もかもを駄目にしてしまう。彼らの手中で、宗教は単なる教条、幼稚なドグマと無意味な儀式のかたまりにまで堕落してしまうのだ。それらの信仰者たちは粗野で狂信的になり、宗教が宗派間の争いの原因となる。自らを浄めるために宗教に入るのでなく、異教徒が互いに、相手の頭を打ち割ることに一心になる。しかもこれが、宗教と呼ばれているのだ!
このような粗野な状態は当然、もっと分別のある人々にショックを与え、不幸にも彼らは、あわてて宗教を完全に捨ててしまう。しかし世間にはいつも、暗愚な聖職者などにはだまされない、賢い人たちもいるものだ。彼らはまやかしを見透す。無知な神職や説教師たちがもたらした宗教の粗雑さは表面を覆っているだけであって、その下には量り知れぬ宝が存在する、ということを発見するのだ。
ヒンドゥイズムはわれわれに、真の宗教からこの粗雑な付加物を見分けることを教える。まやかしものに導かれぬよう警告すると共に、宗教をその源から、見神者や予言者の直接の教えから得ることをすすめている。もしこれらの教えが説明を必要とするなら、その説明もまた、もう一人の、神を見た人によってなされなければならない。それだけではない。ヒンドゥイズムはすべての人に、自分の霊性の指導者(グル)として一人の聖者を見出せ、とすすめるのである。
われわれは、宗教はこの上もなく実践的なものである、ということを忘れてはならない。どんなに沢山、高尚な話をしても無益である。もし真の人になりたいと思うなら、われわれは心を浄めなければならない。これがまさに、われわれのなすべき仕事である。単に自分をヒンドゥなり、回教徒なり、またはクリスチャンなりと称しても何の意味もない。単にある教会に席を置くだけでは、また自分の属する宗派の伝統に詳しい、というだけでも、十分ではない。自分の信じる宗教の偉大な見神者や予言者の教えを実践し、全生活をそれに従って統御して行かなければならない。これだけが、われわれをゴールに導く道なのである。われわれは、内在する神性を表に現し、真の人にならなければならないのであって、このことに最善を尽さなければならない。まことに、内なる神が完全に現れたときに初めて、われわれはダルマを、すなわち自分の本性を、成就したのである。この目的を達成するためにはどんな苦労もいとうべきではない。
さて、この章で学んだことを要約しよう。宇宙間の一切物は、本来神聖である。(チャンドギヤ・ウパニシャッド3・14・1)内在の神性を完全に表現し、あらゆる振舞において神的になる、という力は人だけに与えられたものである。(ムンダカ・ウパニシャッド三・2・9)それをなし得て初めて、彼は完成し、他のすべての生きものとは異なる、真の人になるのだ。彼は無限の自由、至福、力、および叡知を楽しむ。彼は権威ある者の如くに語ることができ、聴く者たちを鼓舞し、前進させる。宗教は、人にこの恵まれたゴールに達する方法を教えるものである。創始者である予言者または予言者たちが教えた通りの宗教は何れも、このゴールに達する正しい道を示すものである。それだから、宗教はこの上もなく実践的なものなのだ。われわれは、宗教がせよと命じることすべてを実践するよう、最善の努力をしなければならない。その教えに従って生活態度をととのえ、行為を律しなければならない。もし他の道をすすみ不純な行為に耽るなら、けものの水準に落ちるのだ。これらが要するに、ヒンドゥイズムの基礎的な教えの一端であって、ここから、ヒンドゥ民族の宗教についての一般概念を知ることができるだろう。
ヒンドゥの予言者たちの教えはヒンドゥイズム、またはヒンドゥ―ダルマと呼ばれる宗教を構成している。これらの教えを含むもろもろの聖典は、シャーストラと呼ばれている。
神とは何者か? 彼はどこに住んでいるのか? われわれはなぜ、彼を悟ろうと努力すべきなのか? このようなことすべてを、聖典から学ぶことができる。その上に、聖典はわれわれに、神を悟る方法を教える。どのようにしてわれわれは、内在の神を表に現すことができるのか? 何がその道に横たわる障害であるのか? どのようにしたらそれらを克服することができるか? われわれはどのように振舞うべきであるのか? 何をすべきなのか? 何をしてはならないのか? 聖典はこれらすべてのことも、われわれに教えるのである。
ヒンドゥ民族は幾千年の間、宗教の道を歩んで来た。この間、無数の真筆な魂たちが、神を悟って宗教のゴールに到達した。これら賢者たちの多くが、同一のゴールに導くさまざまの新しい道を開いた。こうしてこの聖なる国では、ヒンドゥの賢者たちによって完成に到るためのさまざまの方法が発見された。それだからヒンドゥの聖典は、他の諸宗教の聖典と異なり、数も種類も多いのだ。その上に、さまざまの段階にある人々に宗教を説明する必要から、さまざまの種類の聖典が生れた。
ヴェーダ(注=複数)
これら多数多様のヒンドゥ聖典の中で、一番古いのはヴェーダである。他はすべてヴェーダの中から生れたものである。ヴェーダは、神の直接の啓示に基づいている。それだから、それらはシュルティと呼ばれ、その権威は疑いの余地の無いもの、とされているのだ。ヒンドゥの他のすべてのシャーストラはその権威をヴェーダから得ており、スムリティと呼ばれている。
ヴェーダは、世界中の他の如何なる聖典よりも古い。「知ること」を意味するサンスクリットの語根、vid から出ていて、ヴェーダ veda という言葉は、「神の知識」という意味である。創造は無限であり永遠であるから、神の知識も無限であり永遠である。それゆえ、神の知識として、ヴェーダは尽きることのないものであり、宇宙に永遠に存在するものである。その一部が、幾百のヒンドゥの予言者たちによって発見され、われわれは、これらがヴェーダの聖典として今日まで伝えられて来たものの中に記録されているのを見るのだ。これらを発見したヒンドゥの予言者たちは、ヴェーダのリシたちと呼ばれている。ヴェーダの中で、発見者より発見された真理の方が重視されているのは注目すべきことである。実は、リシたちは名を後世に残そうという気などは持っていなかったのである。
ヴェーダは四つある。それらはリグ・ヴェーダ、サーマ・ヴェーダ、ヤジュル・ヴェーダ、およびアタルヴァ・ヴェーダである。これらの答々がサムヒターとブラーマナの二部から成立している。サムヒターの部分は讃歌すなわちマントラから成り、ブラーマナの部分にはこれらの讃歌の意味と使い方が説いてある。
いにしえのヒンドゥは、いまわれわれがするように神々や女神たちの像を礼拝する、ということはしなかった。彼らの礼拝は、讃歌(マントラ)を唱えて聖火の中に供物を投じる、というものであった。この種の礼拝は、ヤジュナ(犠牲供養)と呼ばれている。ヴェーダのブラーマナの部分は、さまざまの形のヤジュナを取り上げて説明している。サムヒターに含まれているマントラが、ヤジュナの進行中に唱えられるのだ。ブラーマナの部分から、どのヤジュナを挙行する場合には何時、どのようにしてどのマントラを唱えるべきか、というようなことを学ぶのである。
ウパニシャッド(注=複数)
ヴェーダのある部分はウパニシャッドと呼ばれている。それらがヴェーダの終りの頃に出て来るからであるか、それとも、それらがヴェーダの精髄を含んでいるからであるか、とにかくそれらはヴェーダーンタとも呼ばれている。
ヴェーダの大部分は、ヤジュナについての詳細な説明である。ヤジュナ、すなわち古代の礼拝様式は、神の知識を受けることができるよう、心を浄めるために行なう儀式以外の何ものでもない。それゆえ、主として儀式(カルマ)を説いている、ヴェーダのこの部分は、カルマカーンダと呼ばれている。一方、ウパニシャッドと呼ばれる部分は、主として神の知識のことを述べている。それゆえそれらは、ヴェーダのジュニャーナ・カーンダと呼ばれる部分を構成しているのだ。
どこに、どのようにして、神は存在するのか? 人と宇宙は、どのような形で彼につながっているのか? どのようにして、またなぜ、人は神を悟ろうと努めるべきなのか? 人が彼を悟るとまさにどうなるのか? このようなことすべてを、ウパニシャッド(ヴェーダーンタ)から学ぶことができるであろう。
ウパニシャッドの数は沢山ある。四つのヴェーダの各々が、幾つかのウパニシャッドを含んでいるのだ。それらの中で、次のものを記憶すべきであろう――イシャ、ケナ、カタ、プラシュナ、ムンダカ、マーンドゥキヤ、アイタレヤ、タイッティリャ、チャーンドギヤ、ブリハダーラニヤカ、およびシュウェターシュワタラである。
スムリティ(注=複数)
マヌやヤージュナヴァルキヤのような賢者たちは、ヒンドゥの生活の法典、すなわち手引きを作った。これらの法典は特に、スムリティと呼ばれている――広い意味のスムリティなる言葉は、ヴェーダを除くすべてのシャーストラを含んでいるのだが。マヌ、ヤージュナヴァルキヤ、その他の賢者たちによるこれらのスムリティから、ヒンドゥは、人生をどのように送るべきかを学ぶのだ。それらは彼に、人生のさまざまの時期(アーシュラマ)にそれぞれどのように振舞うべきであるか、また彼が生れた階級(ヴァルナ)に応じてどのような義務を果さなければならないか、を教えるのである。それらはまた、ヒンドゥが家庭生活の中で行なうべきすべての儀式のことも教えている。それだけでなく、この民族が守るべき家庭および社会のおきてをも定めている。
これらのスムリティは要するに、ヒンドゥ各人のために、彼の生れと、人生における時期に応じて、ある行為を命じ、ある行為を禁じているのだ。それのたった一つの目的は、人が一歩一歩、完成に向かって進むよう、徐々に心を浄めることである。それらはもちろん、ヴェーダの教えに基づいている。しかし、彼らの命令 vidhi と禁令 nishedha はそのときの社会環境に応じたものである、ということは注目すべきだ。ヒンドゥの社会は時代によって変化したから、さまざまの時代の、そしてヒンドゥスターンのさまざまの地域の賢者たちによって、新しいスムリティが編集されなければならなかった。このようにして、ラグーナンダナのスムリティは、マヌのそれより遥か後に出たものであり、特にベンガルのヒンドゥ社会には良く適合するのである。われわれの今日の社会は最後のスムリティ作者の時代からかなり大きく変っているから、おそらく、現代のヒンドゥたちのために新しいスムリティの作られるべき時が来ているのだろう。
ダルシャナ
ヴェーダに見出される神の知識は、思想の六つの流派を生ぜしめた。ジャイミニ、ヴィヤーサ、カピラ、パタンジャリ、ゴータマ、およびカナーダが、これらの流派の始祖である。彼らの各々が、一つのダルシャナというものを書いた。そしてその六つを一しょにしたものが、シャド・ダルシャナ(六派哲学)と呼ばれているのだ。右に述べた著者の名の順にその名を挙げると、プルヴァ・ミマーンサ、ウッタラ・ミマーンサ(ヴェダーンタ)、サーンキヤ、ヨガ、ニヤーヤ、およびヴァイシェシカである。これらの各々が独特のスタイルで、すなわち格言(スートラ)によって、書かれている。サンスクリット語法の格言は、ダルシャナのスタイルを思い起させるのである。このようなダルシャナの簡潔な格言は何れも説明を必要とするので、時が立つと共に当然、ぼう大な数の注釈書が現れた。
これらのダルシャナの中で、プルヴァ・ミマーンサはヴェーダのカルマ・カーンダを扱い、ウッタラ・ミマーンサはジュニヤーナ・カーンダを扱っている。後者はウパニシャッドを拠点としているのだ。偉大な賢者ヴィヤーサによって著されたこのダルシャナは、ヴェダーンタ・ダルシャナまたはブラフマ・スートラとも呼ばれている。これは、ヒンドゥの宗教の柱石の一つであると言ってよいだろう。シュリ・シャンカラーチャリヤやシュリ・ラーマーヌジャーチャリヤのような偉大な聖者たちが、後にこのヴェダーンタ・ダルシャナの輝かしい注釈書を書いた。
プゥラーナ
ダルシャナはたしかに、非常に堅苦しいものである。それらは、学識のあるごく僅かの人々のためのものだ。一般の人々のために、ヒンドゥの賢者たちは別種のシャーストラを著した。これは、プゥラーナ(注=複数)と呼ばれている。これらによって、宗教は非常にやさしい、面白い形で教えられている。感動的な物語やたとえ話によって、教えがわれわれに親しみ易いものになっている。その上に、われわれはプゥラーナを通じてヒンドゥスターンの古代の歴史を垣間見ることもできるのだ。全部で十八のプゥラーナがあるが、その中の次の名前は憶えておいてよいだろう。ヴィシュヌ・プゥラーナ、パドマー・プゥラーナ、ヴァーユ・プゥラーナ、スカンダ・プゥラーナ、アグニ・プゥラーナ、マールカンデヤ・プゥラーナ、およびバーガヴァタである。マールカンデヤ・プゥラーナの一部は、チャンディという名ですべてのヒンドゥに良く知られている。母なる神としての神の礼拝がそのテーマである。聖日には多くの人々がこれを読誦する。
ラーマーヤナとマハーバーラタ
プゥラーナのように、ラーマーヤナとマハーバーラタは、二つの、非常にポピュラーで有用なヒンドゥ民族のシャーストラである。これらは各々、賢者ヴァールミキとヴィヤーサとによって作られた叙事詩である。どちらもイティハーサ(歴史物語)に属し、それによってヒンドゥイズムの重要な教えのすべてが人の心に刻みづけられるような、興味深い物語に満ちている。これらは数多のインドの言葉に訳された。ヒンドゥたちの大部分が彼らの宗教に深くなじんでいるのは、これらの翻訳のおかげである。
ギーター
マハーバーラタの一部がギーターと呼ばれている。マハーバーラタは、クルクシェトラの戦いを描写している。カウラヴァス(クルの子孫たち、の意)と彼らの従兄弟にあたるパーンダヴァス(パンドゥの子孫たち、の意)が、戦いの敵味方であった。パーンダヴァの五人の王子たちの中で、アルジュナは三人目に当り、最大の英雄であった。バガワーン・シュリ・クリシュナはすすんで彼の御者となった。この大戦争のまさに前日、バガワーン・シュリ・クリシュナはアルジュナに、ヒンドゥの宗教の精髄を説き聞かせた。バガワーン・シュリ・クリシュナの教えを含んでいるマハーバーラタのこの部分は、シュリマド・バガヴァド・ギーターと呼ばれている。ウパニシャッドがヴェーダの精髄を含んでいるのと同じように、ギーターはウパニシャッドの精髄を含んでいる。ヒンドゥのすべての聖典の中で、ギーターは他のすべてを遥かに抜きんでてポピュラーなものになっている。
プラスターナトラヤ
ウパニシャッド、ヴェダーンタ・ダルシャナおよびギーターをまとめてプラスターナトラヤと呼ぶ。これらは、ヒンドゥの宗教の基礎をなす聖典、と見なされており、高い権威を持つものである。ヒンドゥイズムの重要な宗派の創始者たちはすべて、その教えの基礎をプラスターナトラヤの上に置かなければならなかった。彼らはただ、それを異なる形に解釈し、アドワイタ・ヴァーダ(一元論)、ヴィシシュタードワイタ・ヴァーダ(条件つき一元論)、およびドワイタ・ヴァーダ(二元論)というような、異なる結論に到達しただけである。
タントラ
タントラと呼ばれる、もう一つの聖典のグループがある。これらは、神のシャクティ(エネルギー)としての面を説き、さまざまの形で現れる母なる神を祀る、数多の儀式を命じている。聖典の本文は通常、シヴァとパールヴァティとの問答の形式を取り、ある場合にはシヴァが教師としてパールヴァティの問いに答え、またある場合には女神が、シヴァの問いに答える教師になっている。前の場合には経典はアーガマと呼ばれ、後の場合には、ニガマと呼ばれる。沢山のタントラがあるが、その中の六十四巻が優れたものであると言われている。次の名前は記憶しておいてよかろう。マハーニルヴァーナ・タントラ、(以下タントラの語省略する)クラールナヴァ、クラサーラ、プラパンチャサーラ、タントララージャ、ルドラ・ヤーマラ、ブラフマ・ヤーマラ、ヴィシュヌ・ヤーマラ、およびトダラ。.............