スワミ・ヴィヴェーカーナンダの思い出(9)
私がみたスワミ・ヴィヴェーカーナンダ
シスター・クリスティン

仕事の計画

 初めの頃、私たちはスワミジの心の中に日夜煮えたぎっていた思想を知らなかった。「仕事!仕事!」と彼は叫んだ。「インドでの仕事をどのようにして始めるか!その方針、手段!」その仕事がとるべき形態は、彼の内部で徐々に明らかになっていった。たしかに彼がアメリカを去る前にはその方針も手段も方法も細部に至るまではっきりしていた。彼はそのとき、救済策は金銭ではなく、また普通の意味の教育でさえもなく、別種の教育である、ということを知っていた。ひとをしてその本性――神性を想い起させよ。この自覚を生きた実現にまで発展せしめよ。そうすれば他のすべてのもの――力、能力、人間性はおのずから備わってくるであろう。人は再び人となるであろう。これを彼は「コロンボからアルモラまで」講演して歩いたのである。

 まず初めに、ガンジス河のほとりに大きな敷地を入手することであった。そしてこの敷地の上に礼拝のための廟と、グルバーイ(兄弟弟子)たちに宿を与え、青年たちを訓練するためのセンターとしても役立つ僧院を建てることであった。そこで彼らは瞑想を教えられ、ウパニシャッド、バガヴァット・ギーター、サンスクリットおよび科学を含む、宗教教育を受ける。そして何年かの訓練期間後、充分に準備ができたと僧院長が認めた場合には直ちに院外に出て新しいセンターを組織し、教えを伝え、必要に応じてあらゆる形の社会事業に従事するのである。この頃彼が考えていたいろいろの計画がどの程度実行されたことであろう!これに対してインドは証言を与えることができる。

 一介の托鉢僧がこのような膨大な仕事を計画するのは殆んど狂気のさたと思われたが、後に、私たちはそれが細いところまで実現されるのを見たのである。

 その前の夏、彼はメイン洲海岸のグリーンエイカーという所に滞在した。そこは海岸、真理の探求者たちがすべての宗教宗派の教師たちの話を聞こうとして集まる場所であった。ここで、いまでも「スワミの松の木」と呼ばれている木の下で彼は東洋の裁えを説いた。自由で大胆で、馬鹿げた因襲には束縛されず、しかも克己心のあるこれらの素晴らしい若者たちは、彼の想像力を刺激した。彼は異性間の交際の自由、不純さの陰のない自由に強く打たれた。「私は彼らの美しい友情が好きです」と彼は言った。幾日間も彼の心はこの問題にとり組んでいた。行きり戻りつ歩きながら、時折彼の口から言葉がもれた。誰に話しかけるというのでもなく、声を出して考えるのであった。彼の独り言は例えば次のようなものであった。「アメリカの社会生活上の自由と、あらゆる制限のあるインドの社会組織と、どちらがましだろうか。アメリカのやり方は個人主義的である。それは最低の階級の人々にも機会を与える。自由の中以外に成長はあり得ないが、そこにはまた明らかな危険もある。だが、個人はあやまちを犯してもそこから経験を得るであろう。われわれインドの組織は全面的に社会の幸福を目的として造られている。個人は如何なる犠牲を払ってでも、この社会組織に適合しなければならない。世をすてて僧になるのでなければ自由はあり得ない。この組織は多くの偉人、霊的巨人を生み出した。このことは彼らよりも霊性の低い人々の儀牲において可能だったのだろうか。インド民族にとってどちらが得であろうか。どちらがいいだろうか。アメリカの自由は大衆に多くの機会を与える。インドの厳しさは深さを意味するのだが、この深さは広さを助長する。どのようにしたら両者を確保することができるか、それが問題だ。インド人の深さを保ちつつこれに広さを加えるにはどうしたらよいのだろう」

 これが単なる空論、思想の遊戯でないことは言うまでもなかった。それはインドの福祉にとって大切な問題であった。アメリカで彼は社会生活の自由の価値とその効果を目撃した。しかしインドの社会組織――この国をして幾千年、他の同様に偉大な諸国の興亡を目撃しつつ今日までながらえさせた社会形態Iが生み出した測り知れぬ良さを、彼ほど充分に知っていた人もなかった。彼の課題は、この社会構造を危険に落としいれることなく、それに他の国々の最善のものをつけ加える方法があるかとどうかを見出すことであった。

 数日間にわたって、彼はこの仕事について深い瞑想の結果を語りつづけるのであった。この場合、場所、建物、方法、手段はすべて理想に従属するものであった。彼は未来の女性、インドの理想を見ようと努力していた。それは彼の明晰な頭脳にとってもたやすい仕事ではなかった。実にゆっくりと少しづつまとめていった。一塊の見事な材料の前に立つ一人の偉大な彫刻家のように、彼はどの芸術家もいまだかつて心に抱いたことがないような一つのイメージに生命を与えることに没頭した。霊性の光に輝く聖母を象徴するイメージである。私たちは、このことの完成が徐々に実現していくのを魅せられたように見守った。ミケランジェロがのみとつちをふるい、力と能力と雄大の概念を一つの形態にまとめて「モーゼ」に仕上げるのを見まもった恵まれた人々もこうであったろう。

 彼が考えていた女性のための仕事とは何であったか、確かに、単なる子供たちのための学校などではなかった。そんなものはすでに何千とあった。それがひとつ増えたから、あるいは減ったからといって何の意味があろう。ほとんど変りはないであろう。またそれは寄宿学校でもなかった。それは親が嫁がせる能力を持たない娘たちに避難所を与えるという役には立つとしても。寡婦のための家でもなった。これもまた有益な目的を満たすのではあったが。それはいままでに試みられたいかなる仕事の同類でもなかった。では何であったか。この質問に答えるためにはただ次のように質問すればよろしい。世界にとって、そしてそれ以上に特に現代のインドにとって、シュリ・ラーマクリシュナおよびヴィヴェーカーナンダの意義は何であるか、と。この霊性の流入と共にもたらされた新しい力、新しい生命は男性たちのためのものではなかった。しかしそれはどのようにしてインドの女性のものとすることができるか。どうすれば彼らを燃えたたせ、幾百方の人々に炎を分ち与える松明たらしめることができるか。これは彼の最大の関心事の一つであった。「この仕事には一個の女性が必要です」と彼は叫んだ。「男性にはできません。しかし何処にその女性がいるのでしょうか」

 遠く遍歴時代から、彼はその要求に応じ得る女性を意識的に探していた。一人また一人とためされては失格した。彼が大きな期待を寄せていた一人の女性について、なぜその女性を選ばなかったかと尋ねられたとき彼は答えた。「彼女は自分自身の仕事をしようとしているのです」この言葉の中には批難はなかった。事実の声明があるだけであった。彼が内部に隠されている力を引き出してやろうとした相手は彼から放射される力を自分のものと感違いし、同じ環境に置かれれば自分もまた偉大性を発揮し得るはずだと考えた。このようなことが再三起こった。彼らは、彼の仕事ではなく、自分の仕事をしたかったのである!必要欠くべからざる資質すなわち霊性と知性をそなえており、弟子としての帰依心を持ち、無私である人、そして生命の火を伝えることのできる人、このような人を見出すのは容易なことではなかった。そのような女性を見出して訓練すれば、彼女は代って他の人々を訓練する。その中から五、六人の、この仕事を引きうけて更に発展させることのできる人たちが出るであろう。これら五、六人の婦人たちは新旧両思想の最も美しく高貴な部分の結合であり、しかも最高の霊性と卓抜した知性の人でなければならない。これが目標であった。どのような種類の教育がこれを達成するであろうか。

 純潔、弟子たるの自覚、および信仰は彼にとって彼の仕事をする者に必要欠くべからざる条件であった。「私は純潔を愛します」と彼はしばしば言った。いつも胸の打たれるような情感をこめて。「一切の企てはシターの理想の上に築かねばなりません」と彼は言った。「シター、純潔そのものよりも純潔で、貞節そのものよりも貞節で、終始忍耐し、終始かん難辛苦したインド女性の理想。彼女はインド女性のあるべき姿の手本です。インド人の持つ完成された女性の理想像はことごとく、シターの生涯を目指してきました。そして幾千年、彼女はなお、全インドのあらゆる男女および子供たちの崇拝の的であります」

 純潔については、彼は常に語った。彼はまれにしか口にしないが、そして女性の特質とは直接関係はないが、しかし彼の話から判断すれば、いかなるタイプもこれなしには完全とは言えない、と彼が考えていた一つの資質があった。繰返し繰返し彼は、夫の楯の止め金をとめながら「楯を持ちて帰りたまえ、然らずんば楯にのりて」と言ったラジブト人の妻の物語をした。どんなに生き生きと、絵画的に彼はラジブトの女王バドミニの物語を語ったことであろう。彼女は輝かしく、優しく、愛らしく、目の眩むような美しさに包まれて私たちの前に立った。この騎士的な民族のすべての女性は、回教徒の侵入者に情欲的な視線をゆるすよりはむしろ敢然と死を選んだのである。愛する者を失うことを恐れてふるえている気の弱い女性に同情するどころか、「ラジブト人の妻のようであれ!」と彼は叫んだ。

 もしそれが単に大学の学位の問題であったなら、それを獲得した女性はすでに大勢いたではないか。彼の元に来た若者たち、その多くは学位をもっていたが、訓線を必要としたび学んできた多くの事柄を一旦すてなければならない。新しい価値観が古い価値観にとって代わらなければならない。心は純潔になったときはじめて霊性の流れを受け入れる準備ができるのであった。この流れは講義と会話と、そして最も多くはそれを伝える力のある人との生きた接触によって心の中に注がれるのであった。このようにして彼らは徐々に変貌し、教えを伝え仕事を続けるに相応しい者となるのであった。彼は決して知的学識を過少評価はしなかったが、要するにそれらは第二義的なものであった。読み書きは偉大な思想とより広大な視野をもたらす宝庫の合鍵でなければならない。彼が考えていたのは単なる学校、単なる施設ではなく、それよりももっと大きなあるもの、名前をつけたり定義をしたりすることが容易にできないもの、将来幾千幾万の施設をつくる原動力となるべきあるもの、だったのである。約言すれば、新しい次元の教育者を創造する企でであった。教育は、単に学究的であってはならない。時代の要請をみたすために、知性的であり、民族的であり、そして霊的でなければならない。教える人々が自分たちの持つ松明の火を、いと高きところから伝えられた火の燃える祭壇から受けてきたのでなければ、その仕事には殆んど価値がないであろう。師弟の開係が必要なのはこのためである。すベての人が祭壇にくることはできない。しかし一個の松明は大勢の人々に点火することができる。そしてついには幾百幾千の人々に火が燃えうつるのである。霊性は伝えられなければならない。それは自力で獲得され得るものではない。規則的な修行、すなわち瞑想、実現を達成した人との交わり、聖経や他の聖典の読誦、等は必要ではあるが。

 帰依心が必要な資格の一つであることを口に出して教えられたわけではなかった。年を経た今日ふりかえってみてはじめて、それがどんなに大切なものであったかを知るのである。スワミジは如何なる種類の要求もしなかった。内なる神性に対する彼の尊敬、否崇拝の念は非常に深く真剣であったので、彼の精神的態度はいつも「干渉するな」であった。彼は盲目的な服従を要求しなかった。奴隷を欲しなかった。彼はいつもこう言うのであった。「私は自分の協力者に干渉は全くしません。仕事をすることができるほどの人は自分の個性を持っています。それは如何なる圧力にも抵抗します。私が協力者を全然束縛しないのはこのためです」彼は専制的ではあったがこの性格を制御するあるもの――人間の本性に対する崇拝の念――を持っていた。この言葉が軽率にしゃべられる場合に意味する「人間」平等を彼が信じていたからではなく、彼自身の偉大な教えの示す意味において人間は神性を隠し持っているからである。現れには大きな差別がある。すベてのものが同等の権利を持つべきではない。しかし同等の機会は待つべきである。その深い憐憫の情を、彼は神性をより大きく顕している人たちよりも、むしろ最低の、下積みにされた人々に与えた。彼らの方がより多く、それを必要としたのではなかったか。彼のような人は他人の意志を支配するような形で如何なるものでも強要できただろうか。彼は要求しなかったけれどもそれにも拘わらず必要であったところの帰依の心とは、つまり彼をグルとして受け入れること、我意を棄てて彼を信仰し、彼を愛することだったのである。

 インドは古い秩序から新しい近代的な秩序へと移行しつつある。私たちがそれをどんなに嘆こうと、またどんなに旧風にしがみついて変改に反対しようと、それをとめることはできない。それは私たちの上にのしかかっている。問題は、私たちがそれをどのように受け入れるか、である。無自覚にそれに打ち負かされるか、それとも恐れず勇敢にそれに直面して、これを将来の必要に適合させる私たちの役目を果たすか、である。成る人々はこのときにあたって、それを生み出した国には相応しいのだがこの国には相応しくない外来の文化を盲目的に受け入れた。各々の国は、その発展に必要な独自の文化と施設を開発しなければならない。もしインドが世界中に、特にアジアに起りつつある変革の波をのがれることができないなら、彼女はその情勢を支配しなければならない。新しきものは、自然に、そしてそのものの成長の法則に従って、古いものの中から生れ育たなければならない。蓮華が桜草になるだろうか。むしろ、蓮華がより美しくてより完全な蓮華――偉大なる民族の象徴として永遠に生きる蓮華、その根はこの世という泥沼の中にありながら遥かに稀薄で清浄な雰囲気の中に花を咲かせる蓮華――が育つ環境を造ろうではないか。

 ある点で、私たちの上にのしかかっている変遷は、女性たちに時別の影響を及ぼしている。大都会の発達と共に、女性たちは村落時代の自由な自然の生活を取り上げられて密集した街々のレンガ造りの壁の中に閉じこめられている。その人が貧しくても高い階級に属している場合には、多くがそうなのだが、しばしば数ヶ月間もこの囲いから逃れようとはしない。経済伯な圧迫は信じられないほどきびしい。精神的不安、祖介および空気と速効の不足は、不幸、病気および早死を招いている。寡婦の運命は既婚婦人のそれよりも1と悪い。事物の計画の中には彼女の占める場所がない。昔の村落生活では、彼女は社会秩序の一部分、尊敬され、有益な資産であった。ところが今や家族の小間使に成り下がろうとしている。彼女は、自分に食物と住居を与えてくれる代わりにできる最低のことはといえば家族に召使いの費用を節約させてやることだ、と思う。そして赤貧なお洗うごとくになると、自分がいなくても家族はどうにかやっていけるのだ、とまっさきに直感する。このような場合、あまり敏感でない者にも屈辱感があるが、もっと敏感なものにはその感じは更に深い。彼らは、自分たちが回りの者の口からパンをとりあげている、と思う。彼らの苦しみは大きい。無力であるだけにその苦しみはなお更である。彼らが家族の収入を増やすためにすることのできるものといっては何もないのである。

 スワミジが特に救いたいと思ったのはこの階級であった。「彼らは経済的に独立しなければならない」と彼は言った。これを如何にして成し遂げるかは、彼の言うべきことではない、と彼はほのめかした。それはこの仕事を引き受けるものによって検討されなければならない問題であった。「彼らは教育されなければならない」と彼はその次に言った。ここでは彼はもっとはっきり意見を述べて幾つかの原則を提示した。教育は西洋風に行われるべきではなくインド風に行われなければならない。読み書きはそれ自体が目的ではない。教育はこれらの学力が気高い目的と奉仕に利用され、放縦のために、表面的な武器をもう一つ附け加えたりするために利用されないよう、施されるべきである。読むことを学んだ女性がその知識を俗悪で浅薄で官能的な物語を吸収することだけに利用するなら、文盲のままでいたほうがましである。しかし、その知識が自国の文学、歴史、芸術、科学の宝庫を開く鍵になるなら、それは天恵となる。ラーマーヤナやマハーバーラタの偉大な理想は、登場人物たちが彼らの間に生き、動き回るようになるまで、そしてこれらの思想がまさに彼らの存在の一部、やがては超人的婦人たちの民族を生み出すべき生きた強力な何ものかとなるまで、朗読や野外芝居や読書によってたえず彼らの心に思い出されなければならない。

 まず第一に、地方語の、次にサンスクリット語の、それから英語、科学、歴史、数学および地理の、徹底的な教育が行われなければならない。これに手仕事、すなわち裁縫、刺繍、紡織、料理、看護法、その土地に固有の手細工などを追加せよ。科学を含む一切の西洋の知識には一目を置くべきだがインドの理想、インドの伝統は決して侵されてはならない。教育は、東西両洋の思想の中の最も偉大なるものを同化することによって成り立つ。インドの女性が彼女の民族の過去の文化、宗教および伝統に対して持っている信仰をくつがえすような教育は、たとえどのようなものでも無用、かつ有害である。いまのままに放置したほうがましである。数学は、心の訓練、正確と真実を求める訓練であるべきであり、歴史は結果から原因を追求する練習、過去のあやまちを二度と繰返さぬための警告として教えられなければならない。女性の解放は、彼にあっては、彼女たちの真実の力を発揮せしめる、限定からの解放を意味していた。

 西洋の古い教育方法は、頭脳のみに、頭脳の訓練のみに関わっている。これに、歴史、文学、地理、言語に関する若干の教育が追加された。これは極めて限定された概念である。人は頭脳だけの存在ではない。人間の本性に基づいた新しい教育をなぜ打ち立てないのか。新しい光が世に現れると、それは生命のあらゆる面を照らし出す。人がいま神聖であるなら、教育は人間の中にすでにある知識の開発でなければならない。「教育は、人の中にすでに存在する完全の表現である」と彼は言った。

 新しい実験を試みようではないか。問題全体を再検討する必要に迫られているこの困難な時にあって、教育の古い伝統の幾つかを捨て去ろうではないか。もっと広い概念、もっと広い目的のもとに、教育を打ち立てようではないか。インドの女性は高度に教育されなければならないばかりでなく、少なくともその中の幾人かは卓抜した知性の持ち主――世界のあらゆる女性の中の知性の貴族――でなければならない。同時に彼らの霊性の炎は、近代世界を照射したかの「偉大な光」によって点火されなければならない。彼らは熱烈な意気に燃え、放棄と奉仕がその合言葉でなければならない。そのような女性が数人いればインドの女性の問題は解決するであろう。過去において、女性は個人的な目的のために最大の犠牲を払った。それよりももっと大きな目的のためにその心と頭脳と肉体とを棒げようとするものが現代に幾人かいないだろうか。「純潔で利己心のない二、三の男性と女性を私に下さい」とスワミジは言うのだった。「そうすれば世界を震撼させることができるでしよう!」男性はこの仕事をすることはできない。この点については彼は厳しかった。「私に女性問題を解決せよとは、私が女性であるというのか。干渉するな。彼らは自分たちの問題を自分で解決することができます」この言葉は、あらゆる女性に潜在する力と偉大性に対する彼の深い信仰と一致した。「どの女性もシャクティの顕現である聖なる母の一部分である」ということを彼は信じた。このシャクティが目覚めなければならない。女性の力がしばしば善に対してよりもむしろ悪に対して利用されるとするなら、それは彼女が抑圧されてきたからでれる。しかし彼女はその足かせが落ちるとき、その本性にひそむライオンを目覚めさせるであろう。彼女は長いあいだ苦しんできた。これが彼女に無限の辛抱強さ、無限の忍耐力を与えたのである。

 私たちはキリスト教神学のように人間は罪と悲しみの子であって不正のもとに生れた、などとは説かない。人は完全な神の子である。教育に対する態度を改めて、学生を喜びと自由と美の中に運命の葉を開きつつある光と叡知の子であると見なそうではないか。そうしてならぬという理由がどこにあろう。すべての宗教は教えている。「天国は汝のうちにあり」

 いうまでもなく教育における新しい実験は男性の場合よりも女性の場合のほうが容易に行われるのである。女性は学位を得るために働く必要はない。彼らは暫くの間は学位を必要とする地位を得ようとはしないであろう。この点彼らは世間一般に受け入れられているしきたりに従う必要はまだないとみている。この新しい実験から新しい種族、超人的な男女の種族、新しい秩序が成長するであろう。子供たちのための学校?そう、教育はあまねく行きわたらなければならない。寡婦のための家、看護、あらゆる種類の奉仕と活動。新しい活力に満ちたあらゆる面における新しい人生、新しい知性的展望。この実験が失敗しても全面的な損失にはならないであろう。力、独創力、責任感が発展しているであろう。この実験が必然的に成功すればその利益は信じられぬほど偉大なものとなろう。その結果はこの段階ではほとんど予想することができない。こうした組織の産物である女性は少なくとも超人的女性の能力を得るであろう。そのような数人の女性が現代の困難な時期において最も必要とされているのである。私たちのある者は、女性教育に関するスワミジの理想が、その精神どおりに実施されれば世界歴史の中でも特異な存在となる女性が生れるだろう、と信じている。古代ギリシャの女性が肉体的にほとんど完全であったのに対して、この新しい女性は知的霊的にこれを補足するものであり、ことにその霊性において優れているであろう。


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