不滅の言葉 98年2号

スワミ・アドブターナンダ――その教えと回想(18)

スワミ・チェタナーナンダ


スワミ・アドブターナンダ

部分

    愛について

    1 ラームラール・チャタージ

 ラームラール・チャタージは、シュリ・ラーマクリシュナの甥で、ダクシネシュワルのカーリー聖堂で神職を勤めており、また、しばしばシュリ・ラーマクリシュナの身のまわりの世話をしていた。(以下は、ベンガル語の『ウドボダーン』誌、第二六年、第七号に掲載されたものの英訳である)

 ラトゥは初め、ドクター・ラームチャンドラ・ダッタとともにダクシネシュワルにやってきた。部屋に入ると、ラーム・バーブは師に頭を下げた。ラトゥも頭を下げて、師の御足のちりをとった。師はラトゥをじっと見つめ、ラーム・バーブに向かっておっしゃった、「何とすばらしいことだ! ラーム、お前はこの少年をどこで手に入れたのか? 彼にはいくつかの神聖なめでたいしるしが見える」

 ラーム・バーブはびっくりして答えた、「そのようなことについて私に何がわかるでしょうか? あなたはすべてをご存知です」

 ラーム・バーブと師との対話が続いているあいだ、ラトゥはそばに立っていた。師は彼に向かっておっしゃった、「おすわり」。ラトゥは片隅にすわった。

 くり返し師はラトゥをごらんになって、おっしゃった、「何とすばらしい少年だろう! とても良い子だ」。まもなく、師はラーダーの歌を歌い始められた。

そのとき私はドアのそばに立っていた

けれども私の愛するクリシュナとお話をする

機会はちっともめぐってこなかった。

なぜ? それは兄弟バライが彼とともにいたから。

私の愛するお方が野趣深い庭園に向かわれるとき、

ああ、彼はうっとりするような響きを奏でられる。

 歌っておられるうちに、師はサマーディに没入なさった。少したつと、彼は半ば覚醒状態になられ、ラーム・バーブとラトゥは彼の前にひれ伏した。ラトゥが立ち上がるか立ち上がらないかのうちに、師はその恍惚のムードに依然ありながら少年の頭や胸をなで始められた。師のほほを涙がつたい、髪の毛はカダンバの花のおしべのように逆立った。師はふたたびサマーディに没入なさった。彼がお触れになったことで、ラトゥは高い霊的境地に入った。少したつと、師は通常の意識をとり戻されて、おっしゃった、「ラーム、この少年に起きた変化がわかるか? さあ、これと、私が彼について言ったこととをくらべてみなさい」

 一時間後、ラトゥはやや意識をとり戻した。彼は最初は泣き、それから笑った。次第に彼はふつうの状態になっていった。私はこういうことを私自身の目で見たのだ。それに、そののち何度も、師とキルタンを歌っているうちに、彼が恍惚状態になるのを見た。

 ラーム・バーブは、ラトゥの深い霊的なムードを見て、これ以上彼に召し使いの仕事を与えてはならないと感じた。彼は師に申し上げた、「私たちはこの少年を家のふつうの召し使いとして雇ったのですが、私は彼の霊性の深さにおどろきました。もう彼に下働きをさせるわけにはまいりません。いかがでしょうか?」

 師はおっしゃった、「彼にいっさい下働きをさせるな。だが、お前が愛と優しさとをもって彼を遇するならば、彼に仕えてもらってもよかろう。それには何も害はない。それから、彼がお前たちの所にいたくなくなったり、あるいはお前が彼を召し使いとして置いておくことにためらいを感じたりするようなら、彼をここによこしてくれ。彼の属する場所はここだ」

 それからのち、ラーム・バーブは、ラトゥを使って師に氷やキンマの葉や香辛料その他を届けるようになった。ラーム・バーブの妻がこれらすべての物を手に入れて、包みを作った。しょっちゅう、ラトゥは師に捧げる物を持ってダクシネシュワルにやって来ては、二、三日滞在したものだった。その日のうちに戻ることもあった。彼のふるまいはまるで子供のようだった。

 その後、ラトゥがダクシネシュワルで師とともに生活するようになった頃、彼はときどき師のお部屋の北側にあるベランダに毛布かマットを敷いて、厚いチャダールにくるまって横になっていた。「この子は眠り過ぎです」という人も多かった。そういう評判を私はしょっちゅう聞いた。ある日、人が何人か彼のそばに立っていたときに、私が彼のチャダールをもち上げると、彼の顔が涙で濡れていた。私はびっくりして思った、「何ということをしてしまったのか! 私は彼の瞑想をやぶから棒にかきみだしてしまった。何とひどいまちがいをおかしてしまったのだろう!」 心の中で私は彼に許しを乞うて、チャダールをもとに戻した。私が彼のチャダールをもち上げたときに、彼は目を開けなかったことに私は気づいていた。彼は二、三時間、その姿勢で横たわったままでいた。彼が起きると、私たちは食物を出してやった。

 師は、よくこういう歌を歌っておられた。

おお、心よ、主の御名を唱えよ。

そして、どんな食べ物であれ水であれ衣服であれ、

主がお前にくださった物に満足せよ。

 ラトゥはこの歌が大好きで、よく歌っていた。私もよく歌ったものだ。

 あるとき師はラトゥに向かっておっしゃった、「ほかに何をやりたいのか? これ(師の身の回りのお世話をすること)自体がお前に完成をもたらしてくれるのだよ」......................

 


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