不滅の言葉 97年5号

ヒマラヤ山脈の膝元にて―神聖なる放浪 (2) 部分

    ヒマラヤ山脈の威厳

 こうして私は、パンジャーブ人の僧が語った旅の難しさに怖じ気づきはしなかった。私は目的地が近くなっているという快い思いとともにムソゥリをたち、上機嫌でテフリへの旅を開始した。私は約六マイルから七マイル(約九・六キロから一一・二キロメートル)の距離を踏破した。そこには一軒の小さな店があった。店主が私に挨拶し、家の中に丁重に招じ入れてくれた。彼はもてなしがうまく、私に気前よく食事を提供してくれた。私は再び道路上に出て、さらに数マイル歩いた。そして、目を北に向けた。何という壮大な光景であろうか! ヒマラヤ山脈が、「地球の測量竿」(カーリダーサ著『クマーラサンバヴァ』第一章第一編の表現)が、私の目の前に白雪に覆われた雄大な全姿を現わした。私の足は動くことをこばみ、しばらくのあいだ私はそこに坐り込んだ。私の目はヒマラヤ山脈の美観を満喫し始めた。ヒマラヤ山脈全体が決して溶けることのない万年雪に覆われていた。戦慄が私の身体を駆け巡った。私の喜びは今や無限を知ったのである。私は自分自身に次のように言った。「見よ、これがヒマラヤだ。師ラーマクリシュナは皆に、この天国のような山を必ず一度は見なければならないと語っておられた」。" Giriraj Sringe Mahadev Sange "(神々の中の神の面前、山々の王の頂上で)」パールヴァティ(*山の娘の意、シヴァの妃)に姿をやつした「自然」がここでシヴァに出会うのである。ここは「母ウマー」(*ウマーもシヴァの妃)の父の家である。いかにも。こここそが私の憧れた場所である。私はヒマラヤ山脈との最初の出会いでこんなにも圧倒されてしまうとは思いもしなかった。私は遥か下方にある死すべき人界からあまりにも遠く離れていたので、天国そのものに到着したように感じた。私はこの天国の住まいに入りたくてがまんができなかった。そこには沈黙、穏やかな沈黙が至るところを支配していた。雪で覆われた範囲を深い森林がとりまいていた。私は崇高な感覚で圧倒された。その感覚は、神が創造されたこの壮大な光景が引き起こしたものである。私の心は平和で穏やかになった。私は聳え立つ山――偉大さと神の栄光の化身――の足もとで何度も何度もお辞儀を始めた。私はこの世のすべてのことをほとんど忘れてしまい、忘我の境で約二〇マイル(三二キロメートル)もの距離を踏破していた。全く疲れを感じなかった。一人か二人の孤独な旅人に出会った。途中、赤い花房をつけた木々があった。旅人たちはその花房をむしりとって蜜を吸い、そのあとで花弁を噛むのを常とした。後に私はこれらの花々がボーラ( Baras )と呼ばれているのを知った。これらの木々はヒマラヤ地方の一定の高さより上に生息している。その木は堂々として大きく、樹皮は滑らかな苔で覆われている。すべての房はたくさんの花を含み、ハイビスカスの花のように赤い。花は蜜を含んでいる。丘の人々はこの花からおいしいチャツネ(薬味)を作る。ローティ(パンの一種)と一緒に食べるとおいしい。私はここで初めてチャツネと一緒にローティを食べた。「おお、旅の最初の日に、何と美味しいヒマラヤのご馳走ぞ! この地方のすべてのものは上等をさらに超えている!」と私は自分に向かって言った。

    貧しい者の親切

 私はムソゥリから二〇マイル(三二キロメートル)歩いた。向い側の岩山に一軒の店を見つけた。店のほうに近づくと、年配の女性が店の外に坐っているが見えた。私はもう少し近づいて、休憩のために腰を下ろした。この丘陵地帯での急な坂道歩きとヒマラヤの冷たい風が私を極度の空腹に導いた。年配の女は私のところにきていろいろ質問を始めた。私が食べ物を何も持っていないと知ると、私にそこで待つように言い、店の中に入っていった。しばらくして彼女は温かいローティとボーラの花から作ったチャツネを持って戻ってきた。この歓待に私はやや驚いた。この地方の待遇は非常に悪いとシヴァ寺院の管理人が言っていたことを思い出していた。では、これは一体どうしたことか? 私がローティを食べている間、その女は私に両親がいるのかとか、またどうしてそんなに若くしてサンニャーシンになったのかと尋ねてきた。私は彼女の質問にできるだけ答えた。そのとき、彼女は、頭に薪束を載せて自分の夫が家に帰ってきたのを見た。私は彼女の顔に浮かぶ恐怖に気づいた。彼女は私に、「あのね、私の夫は非常に残酷でケチな人なの。彼はお腹を空かした旅人にも僧にも何も上げないの。彼が店に坐っている間、私がどんなに望んでも誰にも何も与えることはできないの。彼が、誰があなたにこのローティを上げたのかと聞いたら、あなたが小麦粉を渡し、私はただそれを焼いただけだと言って下さい。私がただであなたにローティを上げたことを彼が知ると、私を迷惑がるでしょう」と言って、私から離れていった。彼女のすべての話を聞いてから、私は残りのローティを急いで飲み込み始めた。彼女の夫が尋ねる前にローティを食べてしまった方が良いと考えたのだ。もし彼が尋ねたら私は苦境に陥ったであろう。私は母のように優しく私に食べ物を与えてくれた女性が、そのために彼女の夫になじられることを望まなかった。しかし、嘘をつくことも望まなかった。彼女の夫がやってきたとき、頭に載せた重い薪のせいか、私には気づかなかった。彼は店の中に入り、長い間出てこなかった。私は食事を終えて、あの女性の親切心と母親のような心遣いを考えながら、その場所を後にした。................


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