不滅の言葉 1964年9号
出離道より行作道へ(上)
木村日記
婆伽婆多讃歌は印度の大史マハーバーラタに表れた聖雄クリシュナと武将アルジュナとの間の哲学的物語を編作したもので、全篇が韻文(讃歌)で書かれている。クリシュナはヴィシュヌ神の再現とされ、大史が示す大戦の際は武将アルジュナの馬車の別当として戦場へ臨み、そこにおける両者の問答物語がこの讃歌である。この物語の中でアルジュナは常に神たるクリシュナに対して問者となり又聴手となり、クリシュナは常に説明者教訓者の立場に立っていたのである。従って讃歌はクリシュナの教示である。讃歌の編作者はクリシュナの最善かつ深玄な教訓を国民に開示し、同時に斯る教訓は人間としてのそれでなく、神としての教訓である事を回想せしめんと努めた。其目的は完全に成功し、全印国民は真宗教宗派の何たるを問はず、この讃歌を建国の理念としている。
「不殺生道」は全印国民の根本道徳である、武将アルジュナは「不殺生」という印度道徳の代表者として戦場に立ちつつ同族たる敵の殺害を拒絶した。燃し武将は武士族として敵を殺す義務がある、「不殺生」を叫び戦を避けんとすることは武士として正しい振舞ではない。この「不殺生道」と「武士道」の衝突は重大なる社会問題道徳問題である。之に対して最後の解決を与えたのが婆伽婆多讃歌である。
禅定即ち修定による宗教は活動的行作を否定するものではないが、概して人をして「出離道」へ向かいはじめる傾向にある、出離道的宗教運動は国家の基礎、家廃の平和、社会の秩序等を威嚇するものである。仏教々団もこの点に気附いて出離道中心の小乗仏教より活動的在俗中心の大乗仏教へと輪廻した。宗教と国家との融合調和を強く主張した宗教運動は聖雄クリシュナの婆伽婆多讃歌である、其は各個人は特殊の義務をもち、それを実現すべき天命を有すと教える、それが「行作道」即ち無執着の行作である。