NVK lecture siddha bu1987

仏陀生誕祝賀会の講話

一九八七年五月十七日

　仏教は人類のもっとも古い宗教の一つであります。それは、キリスト教時代の始まる前に広まっていました。通信が非常に困難であった時代、人々が山々や砂漠を歩いて越えなければならなかった時代、そのころにさえ、仏教は世界各地に、特に東洋の各地に伝えられたのでした。いまに至るまで、多くの人々がブッダの教えに引き付けられています。

　有名なフランスの小説家アナトール・フランスは、その自叙伝に次のように書いています、「一八九〇年五月一日、私はたまたま、パリのギメー博物館に行った。そこで、私の目は、もの言わぬ、素朴なアジヤの神々の中にあって、苦しむ人類に向かって、思いやりと慈悲心とを育てよ、と合図をしているブッダの像の上に落ちた。もし、神がこの地上を歩むとしたら、彼はそこにいるのだ、と私は感じた。私は彼の前にひざまづき、神に祈るように彼に向かって祈りたいと思った」と。アナトールは無神論的傾向を持つ懐疑家として知られた人であります。

　ゴウタマ・ブッダの生涯の中に、我々は、三つの重要な時期を見いだします。第一は彼の少年、青年時代です。シッダルタ・ゴウタマとして、彼はこの世で王子としての生活をしました。王宮に住んでいましたが、彼の心は、全ての生命と存在の真理を悟りたいという、深い渇仰心に満たされていました。

　彼は浄らかな心を持って生まれていました。浄らかな心は真理を知ることを欲し、それを追求するためには、それがどんなものであろうとも、あらゆる努力を厭わないものです。二九歳のとき、彼はこの世の快楽の生活への完全な離欲を示しました。彼は人生の第二の段階に入り、宮殿も妻も子も後に残して、放棄の道を進みました。

　ゴウタマは放浪の苦行者となり、霊性の修行と真理を学ぶために当時の有名なある教師につきました。アーラーラと呼ばれたこの教師から学べるだけのものを学ぶと、彼はウッダカというもう一人の教師の所に行きました。彼らは二人とも苦行者であって、霊的に進歩した人々でした。弟子たちと共に森の中に住んでいました。

　ゴウタマはブダガヤに行き、そこで厳しい苦行、贖罪、及び、内観の行を実践しました。ここで五人の、他の修行者が彼に加わりました。彼を自分たちの霊性の指導者と仰ぎ、彼の苦行に従いました。ゴウタマは難行苦行の実践において、この六人の求道者の随一でした。

　苦行は間もなく、健康に影響を与えました。断食及びその他の難行によって、体が弱ったのです。ある時、極度の衰弱のために、意識がもうろうとしました。それを取り戻したとき、彼は新たに、人生の目標は何であるか、ということについて考え始めました。目標は、難行で肉体を苦しめることでなく、最高の真理を悟ることでした。

　勇気と決断は、真理の追求のために最も重要な要素です。体と心を弱くすることは、正しい道ではありません。彼は、無思慮な苦行を止め、、肉体を養うことを決意しました。元気をつけるために、彼は一碗のパヤサ（甘いミルク粥）をとりました。ゴウタマが苦行を止めたのを見て、五人の弟子たちは師が贅沢と安易の道に迷い込んだのだと思いました。彼らは彼を見捨てて行ってしまいました。ゴウタマは彼らが去ったことを気にとめませんでした。

　彼は今は一人でした。近くの川で沐浴し、午後は休息しました。夕方に近く、彼は一本のバンヤンの大木のもとに、人気のない場所を見いだしました。彼はそこにすわって、最高の真理を悟るまではそこを立たないと心に決めました。

　それまでの五年間の厳しい、不断の修行の結果、彼は心と感覚を完全に支配することができていました。彼は深い瞑想に入りました。心は清らかであり、精妙であって、一点に集中していました。僅かの努力によって、それは瞑想の非常に高い境地に上りました。身体は不動、心は深く真理の思いに没入しました。

　ゴウタマは夜の三更まで、深い没入の状態にありました。四更に入ったとき、彼は最高の真理を悟りました。超越の境地に達したのです。この境地にはいると、心は形の世界を超えます。二元の世界を、そして、有限の意識の世界を超えるのです。純粋実在の、無条件の存在の状態です。この境地の経験は、人間の言葉では描写することはできません。ゴウタマはこのようにして、ボディ、菩提、即ち、最高の悟りの境地に達したのです。彼はブッダ、即ち、覚者となったのでした。

　ムンダカ・ウパニシャッドの中に、我々はこのような悟りの結果を述べている一節を見いだします。ウパニシャッドは次のように述べています――一者の最高真理が悟られるとき、心の結び目は千々に砕け、すべての疑いは消散し、すべての活動は行ない尽くされる。他のもろもろのウパニシャッドも、人はこの真理を悟ると、全ての悲しみと苦しみを超越する。彼は生死の鎖からとき放たれる。彼は今生において至高の平安を楽しむ、と断言しています。

　ブッダはブダガヤで七週間、たった一人でこの境地の無上の至福を楽しんでいました。そのとき、彼の心に一つの問いが生まれました、「自分はこの真理の知識を自分の内部だけに閉じ込めておくべきなのだろうか。それとも、世界にわかち与えるべきなのだろうか」と。最初は彼はそれを自分の内に秘めておきたいと思いました。なぜなら、普通の人々は、この知識の道を歩むことはできないでありましょうから。

　ある日、彼はこの世界の創造者ブラマーのヴィジョンを得ました。ブラマーは彼に、慈悲心から彼の教えを世界に向かって説くよう求めました。そこでブッダは、彼の知識を世に向かって説く決意をしました。少なくとも何人かは教えを理解し得るほど心の純粋な人々がいるであろう、と。このようにして、彼は三五歳のときに、彼の多事な生涯の中の第三の、そして、もっとも意味深い時期の入ったのでした。

　霊性の非常に高い境地に達した宗教の指導者はことごとく、次の困難に直面しました。到達した境地が高ければ高いほどそれを相伴することのできる人々を見いだすのは難しいのです。我々は、シュリ・ラーマクリシュナの場合にも、彼が自らのもっとも深い経験のあるものをすべての人に伝えられるのは不可能であったことを知っています。ですから彼は、心の浄らかな信者たちの到着を渇望されたのでした。スワミ・ヴィヴェーカーナンダが一人の若い求道者として彼のもとに来たとき、彼は自分のたぐいまれな霊的経験を伝えることがおできになったのでした。

　遍歴の僧として自分が近付いた二人の教師たちのことを、ブッダはまず思いだしました。感謝の心から、彼はまずこの二人に、自分の悟りを伝えたいと思いました。不幸なことに、二人とも数日前になくなったところでした。それで彼は、五人の弟子たちが滞在している、ベナレス近くのサルナートに来ました。彼は、彼らに向かってこう言いました、

　「これ、ビクシュたちよ、私は不死の境地を得たぞ。もしあなたがたが私の教え通りに歩むなら、あなたがたは完全に、自分でそれを会得することができるだろう。あなたがたは、淨い生活の最高の状態に定住することができるであろう。・・・私の心は欲情の汚れから完全に洗い清められた。個体の感覚を完全に失った。無知を完全に脱却した。私は解脱の悟りを得たのである。個別の存在は消滅した。聖なる生活を今ここに生きている。なすべきことはなされた。これ以上、なすべきことはない」と。　

　純粋の愛をもって、ブッダは彼らに四聖諦と八聖道を説きました。こうして彼はダルマ・チャクラ、即ち、法輪を転じ始めたのでした。

　苦しみから救うことがブッダの教えの動機でした。この世に広がり満ちている悪を超越することが、彼の道徳及び倫理の最高の目標です。それに向かって積極的に導くたぐいの行為はすべて善であり、その反対の行為は悪です。

　ブッダに従えば、求道者の生活の中で最も大切なものは善意です。それは道徳的理想によって導かれなければなりません。すべての人間は善を志すことができるのです。

　すべての行為は二種類に大別することができます。①純粋な行為と、②不純に汚されている行為です。純粋な行為は、情欲とか、欲望とか、無知などに影響されません。それらは報復をもたらすようなことはありません。それらはニルヴァーナへの道を開きます。四聖諦の黙想は純粋な行為です。不純な行為は報復をもたらすような行為です。

　善行と言うのは、他者の幸福をもたらす行為です。悪い行為は、自分の利益を目指すものです。それらは、誕生という束縛をもたらします。悪い行為は誤った理解、色欲、及び憎しみ、から生まれるものです。

　ブッダは、儀式尊重主義、祈りや祭祀や犠牲供養の儀式等を信じませんでした。彼はその当時の儀式尊重主義と正面切って戦うようなことはしませんでした。彼は、その中に道徳的意義を注入する努力をしました。彼は天上の神々に犠牲を捧げるよりは、高徳の人々を敬い、彼らに追随せよ、と教えました。

　ある時彼は、聖河で沐浴することは人を淨めるかと尋ねられました。ブッダは反対してこう言いました、「どんな川も、愚か者がそこで何回沐浴しようと、彼をその罪から淨めることをできない。どんな川も、悪いことをした人、罪を犯した者を淨めることはできない」と。

　仏教は、動機の純粋さと、人生での謙虚さを強調しています。シーラとダーナは重要な修行です。シーラは、不殺生すなわちアヒンサーのようなおきてを守ることです。ブッダは非暴力を説きました。彼は人々に他者を傷つけないこと、決して他者を憎まないことを教えました。彼の助言は、愛によって憎しみに打ち勝て、というものでした。アヒンサーについては、彼はジャイナ教徒のように厳しくはありませんでした。彼自ら肉を食べ、弟子たちにもそれを許しました。しかし、食べるために如何なる獣も殺してはならない、というものでした。

　彼は、獣を殺して神に供える犠牲供養には反対しました。彼は弟子たちに、犠牲供養の真の意味は何であるか、ということを説明しました。彼にとっては、欲望を燃やしつくし、エゴイズムを捨てることが真の犠牲供養なのでした。

　ダーナ、即ち慈善は、自己を捧げて助けを必要としている人々を助けることです。それは、すべての生き物の福祉と利益のために生きることです。

　ブッダの原始の教えには、恩寵のことは説かれていません。彼は常に、自力で努力し、自力で進歩することを強調しています。人は、努力と訓練によって進歩するのです。道徳的な力と徳の要請が、彼をすべての外物に頼らない、影響されないものとします。人がもし自らを征服するなら、何物も彼に打ち勝つことはできません。弟子のアーナンダ（阿難）に向かって、彼は言いました、「あなた自身のランプであれ。自らにより頼み、外からの助けに依存するな。ランプとして、真理にしかとつかまっていよ。真理のみに救いを求めよ。あなた自身以外の何物にも、助けを求めてはいけない」と。

　正しい努力は八聖道の一つです。それは、悪い性質が生じるのを防ぐために、欲情を制御すると言う修行です。決意することによって悪い性質が増長するのを防ぎ、努力の集中によって良い性質を強化する、というものです。ブッダは、次のような方法によって好ましくない思いを追い払え、と勧めています。（１）良い想念に心を集中すること、（２）悪い想念を実行に移した結果として招いた危険に立ち向かうこと、（３）悪い想念から心を背ける、（４）前に起きた事柄を分析して、そこから生まれる衝動を抑える。

　正しい努力は正しい思いから生まれます。ダルマ、つまり法（宗教）は正しい思いによって初めて実践され、ダルマの実践によって初めて、悟りは得られるのです。霊性に関するプライドは、道徳上の進歩をおびやかすものであります。彼の言葉の一つにこのようなのがあります、「純粋であって、自分は純粋であると知り、その様に知ったことに喜びを感じているものは誰であれ、その人は不純になり、不純な思いと共に死ぬ。不純であって、自分は不純であると知り、純粋になろうと努力する者は誰であれ、その人は純粋な心で死ぬ」と。

　ブッダは宗教的苦行の結果超自然的能力を得ることを戒めました。この様な力を得ることは霊的向上を妨げます。彼は弟子たちに、奇跡を演じて人にみせることを禁じました。

　彼の息子ラホゥラは僧団に加わることを許されました。ブッダが彼に与えた教えは次のようなものでした、「親切を実行せよ、それはすべての憎しみを除くためである。同情心を持て、それによってすべての嫌悪を除くためである。慈悲心を持て、それによって心の苛立ちを完全に抑えるためである。心の平静を保て、それによって、すべての反発心を捨てるためである。無常を瞑想せよ、それによって高慢を完全に捨てるためである」と。

ジャータカ物語

　ある時菩薩は、人の往来からは遠く離れた深い森の中に、一頭の鹿として生まれました。森は、日の光りも通らない密林でした。さまざまの種類の鹿の外に、象や牛や、水牛やかもしかや、虎や猪や、豹や狼やライオンなどのようなさまざまのけものたちも、その森に住んでいました。

　鹿の姿をした菩薩は、たぐいもなく魅力的でした。毛並は純金のように光り輝いており、そこにピカピカ光る宝石のような斑点がありました。優しく青い目は、比べるものがないほど大きいのでした。彼はまさに、森の宝石でした。

　菩薩は、彼の美しい体は人々や狩人たちが何よりも欲しがるものだということを知っていました。彼は賢かったので、彼らがしばしばやってくるような場所は避けました。彼についてくる他のけものたちにも、そのような危険な場所には行かないよう教えました。彼は、父親や教師のように、彼らを導いたのでした。彼の振舞いの気高さとその賢さの故に、森に住む他のすべての生き物は、彼を深く敬っていました。

　ある日、菩薩は、森の中を流れる川に落ちた何者かが助けを呼ぶ声を耳にしました。ある男が急流に押し流され、「助けてくれ、助けてくれ、川に流されてしまうぞ。誰もいない、舟もない。腕も疲れて沈みそうだ。早く助けてくれ！」と叫んでいるのでした。

　菩薩はこの様な哀れな絶望の叫びを聞いて、心を動かされました。けものに生まれてはいるけれど、彼はときには人間の言葉を話すことができるのでした。彼は、自分が過去世において、人々の恐怖と悲しみを除くために彼らに優しい慰めの言葉を与えたことを覚えていました。彼は急いで川に走って行き、、「恐れるな、恐れるな」と大声で繰り返しました。

　彼は急流に飛び込みました。助けよう、という思いの方が、自分の命より大切でした。「私にしっかりとつかまっておいで」と、溺れようとしている男に向かって言いました。男は鹿の背に這い上がりました。男の目方はたいそう重く、流れは急でした。しかし、偉大な精神力によって、菩薩は男を安全に岸まで運びました。人を死から救った、という喜びに、心は疲れを忘れました。

　思いもかけぬ鹿の助けに、男は深く感動しました。彼は驚嘆するような鹿の美しさと、その人間の声に魅了されました。自分の身内でも親しい友だちでも、自分の命をかけてまで助けてはくれなかったであろうと思いました。深い尊敬をこめて、鹿に向かってこう言いました、「私の命はあなたのものです。たとえ小さなことでも、あなたのお役に立つことをさせて下さるなら、私にとって大きな光栄です。あなたの御親切に応えて、あなたがせよとおっしゃることなら何でも致します」と言いました。

　これに答えて菩薩はこう言いました、「感謝の心を持つということは有徳の人々の間では少しも驚くに値することではない。それはまさに、正しい生活の土台です。しかし、この頃は世間が堕落したので、感謝さえもが偉大な徳であるように考えられています。私はたった一つのことをお願いします。私の体が素晴らしく美しいということを誰にも言わないで下さい。私は姿が美しいために、餌食として狙われやすいのです。人々の心は非常にどん欲になっていて、慈悲や抑制の心はほとんどありません。ですから、よく気をつけて、あなた自身の徳を守り、同時に私の命をも護って下さい。そして、友を裏切ることは決して自分の幸福にはならない、ということをよく覚えてお置きなさい。私が率直にものを言ったからといって、どうぞ怒らないで下さい。私は鹿であって、偽りに満ちた人間の外交辞令はよくできないものです」と。男は鹿を護ることを約束しました。彼は鹿に向かってお辞儀をし、家に帰って行きました。

　さて、たまたまこの国の王妃が夢を見ました。王妃が夢にみたことは、何であれ、途方もない、ありえないことでも必ず実現するのでした。彼女は、金色の美しい毛並を持つ鹿がこの王国の王座に座り、王様と重臣たちに囲まれているのを見ました。鹿は人間の声で、正しい生活のおきてを教えていました。王様は狩人たちにその鹿を探すことを命じ、そのような鹿の情報をもたらしたものには莫大な富を与える、と約束しました。

　菩薩に救われた男はくる日もくる日も、繰り返しこのお触れを聞きました。貧しいけれど、彼は良心をもっていました。しかし、時々、彼の心は欲と感謝との間で引き裂かれるのでした。彼の思いは揺らぎました。有徳の生活か富か、何れを取るのが自分の勤めであるか、と迷いました。家族を養う、という義務よりは恩人との約束を守るべきであるか。富を得べきか、それとも高潔な人々によって守られてきた善徳の方を取るべきか。ついに、彼の心は欲に圧倒されました。彼は、富を得れば家族を養い、友だちをもてなし、慈善を行って死後天国に行くことができる、と考えました。こうして、鹿から受けた恩恵は完全に忘れることにしました。彼は王様に会いに行きました。

　この男を案内にして、王様は弓矢で身を固めた軍勢を従え、森に入りました。男は鹿を指し示しました。約束を思いだして、男の手は恐ろしさに震えました。王様は鹿の美しさに夢中になって、直ちに矢を放とうとしました。

　菩薩はこの様に大勢の人間に囲まれてはもはや逃げる術はない、ということを知りました。人間の声で、彼は王様に向かってこう言いました、「ちょっと待って下さい。大きな威力をお持ちの王様よ、矢を放つ前に、私の好奇心を満足させて下さい。こんな遠い所にある私の居場所を、誰があなたに教えたのですか」

　王様は獣から人間の言葉を聞いてびっくりしました。彼はつがえた矢の先を案内人の方に向けました。菩薩は案内人を認め、こう言いました、「罪に溺れている恩しらずの人間を救うよりは、荒れ狂う急流から一本の樹木を拾い上げる方がまだやさしい。彼はこの様な形で、自分が受けた恩恵に報いようとしているのだ」

　王様はこの様な鹿の言葉の意味を理解することができず、なぜそう言うのかと、鹿に尋ねました。菩薩は、「私は、あなたの案内人が二度とはこのようなことをしないよう、こう言っているのです。あなたの案内人はあるとき、川に流されるところでした。私が救ってやったその彼がいま、私の命の危険をもたらしたのです。よこしまな者との接触は幸福をもたらさないというのは本当です」と言いました。

　王様は今は、この案内人が卑しい裏切り者であったことを知りました。彼は直ちにこの男を射殺そうとしました。菩薩はそれを留め、男は面目を失い、徳も破壊されたのだから、既に死んだのと同じである、と言いました。そして、約束の報酬を彼に与えるよう頼みました。

　鹿のこの驚嘆すべき慈悲心は、王様に深い感銘を与えました。彼は鹿を王宮に連れてきて、宗教生活の道を教えてくれるよう懇請しました。鹿は次のような話をして、王、王妃、役人たち、及び侍者たちに教えました：

　「宗教の全部をごく短い言葉に集約することができる。すべての生き物に慈悲を与えよ。殺すな、盗むな、そしてすべての者に喜びを与えよ。もしこの様な慈悲心をもって他者に対したとしたら、その人のハートはどうして悪の思いに留まっていることができるであろうか。

　「すべての混乱の原因は慈悲心の欠如である。憎しみと残酷性は、体と言葉と心を堕落させる。それらは家族全体に害を与える。慈悲心は、実りをもたらす雨が収穫を助けるように、徳を生み出す。

　「慈悲心は、人を傷つける性質を破壊する。心が純粋になるから、体も言葉も堕落しようがない。他者を益しようという願は喜びと共に強まる。その喜びから、愛と、慈善と、忍耐と、その他もろもろの徳が生まれる。

　「慈悲深い人々は、決して他者に疑心を起こさせない。誰からも信用され、すべての人から身内のように扱われる。もし人の心が慈悲心によって強固になるなら、その心は澄み切った池のような涼しさを楽しみ、欲情にも動かされず、怒りの火にも乱されない。

　「あらゆる徳は慈悲の中に含まれ、また同時に、慈悲心の結果である。すべての生き物をわが子のように扱って、彼らに慈悲を示すよう、常に心がけよ、この様な敬虔な振舞いによって、あなたは人民の心を得、王室に繁栄をもたらすであろう」と。

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